| 講師 | 中村民雄 教授 (EUIJ早稲田運営委員、早稲田大学法学学術院) |
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| 司会 | 福田耕治 教授 (EUIJ早稲田代表、早稲田大学政治経済学術院) |
| 日付 | 2010年7月16日(金) |
| 時間 | 13時00分から14時30分 |
| 場所 | 早稲田大学 小野記念講堂 |
| 言語 | 日本語 |
| 備考 | 130名 |
講演に先立ち、福田耕治EUIJ早稲田代表・政治経済学術院教授が、中村民雄教授の略歴と専門分野を紹介した。
中村教授は、欧州連合(the European Union、EU)という、既存のどの法制度の類型にも当てはまらない得体の知れない存在を、法学の観点からどう捉えるかという課題をまず示した。この問いに対する解答は、1980年代からEC・EUについて研究を継続してきた教授自身も、一言で言い表せるものではないと言った。
EUに関しては、それが将来「連邦」、あるいは「国家」へと発展を遂げるのが最終的な到達点であるという主張がなされてきた。しかし、教授はこのような予断を排し、問いの立て方そのもの、あるいは方法論を厳しく検討し直す必要があるのではないかと主張した。その上で教授は、EUが国家ではない何かという「第三の道」をとりうると、講演ではEUの統治制度・法の性質に着目し、EUの歩みを歴史的・客観的に振り返った。
本講演では、ECとEUが時代的に区分された。その理由は、それらの下でそれぞれ育ってきた法の性質が大きく異なるためである。EC条約は、三権をEU諸機関に付与した。ECJはそのひとつとして、判例法の形成により独自の法秩序を築き上げてきた。EC諸機関の有する特徴は、国連、WTO、WHO、ユネスコといった他の国際機構とは大きく異なる。EC法の解釈・効力の判断がゆだねられたECJの存在により、ECにおいては独自の法が、変容する社会に合わせて動的に創り出されてきた。
ECにおいてECJは、個人の権利を保護するため、設立条約において存在している「空白」を埋めた。それは、1963年のファン・ヘント・エン・ロース事件、1964年のコスタ対エネル事件を通じ、EC法の直接効と加盟国法に対する優越という原則を成り立たせることによってである。両事件では、超国家機関への加盟国の主権、ないし主権的権利の一部移譲あるいは制限と、加盟国の国民への権利義務の付与が正統化事由として用いられた。とりわけ後者においては主体・客体として加盟国民がECの法秩序に直接参加するというレトリックで正当化した。
ECJによるこのような正当化によっても、各国裁判所を説得することはできなかった。ドイツとイタリアでは、直接効と優先性に対する抵抗・警告を示す憲法判例が提示されることとなった。ドイツ憲法裁判所における、ゾーランゲ第1事件では、EC法がドイツ基本法の基本権を侵害する場合も起こりうるとして、EC法に対する違憲審査権を留保する判決が示された。また、ゾーランゲ第2事件では、EC法の人権保障がドイツ基本法と同水準と認められ、その水準を維持する限りでは違憲審査を行わないという裁定が下された。
次に、1990年代から今日へと至るEUへの展開について論じられた。1993年には、マーストリヒト条約の発効により、ECと、共通外交安全保障政策(CFSP)、内務司法協力(JHA)という2つの政府間協力との3つの柱からなるEUが創設された。さらに、EUにおいてはEU市民権が導入され、国籍を問わず、社会保障や欧州議会の選挙・被選挙権が欧州市民に付与されることとなった。EU市民権に関する具体的なECJの判例としてグルゼルチク事件の判旨が紹介された。
EUは、経済共同体から政治共同体へと発展を遂げ、ヨーロッパレベルでの法秩序は、EC時代の個人の経済的自由の保障のみならず、自由・安全・正義といった政治・市民的権利や非経済的価値も重視する市民社会の法体系へと変容・成長していった。だが、EUがカバーする政策領域、基本権、権限の拡大に伴い、民主的正統性やEUと構成国の権限配分といった新たな問題が浮上してくることとなった。
欧州議会の立法権限は、共同決定手続きにより大きく強化され、同時に閣僚理事会における特定多数決領域が拡大された。その結果、各国議会はもはや政府閣僚を民主的に統制できないという状況が存在している。また、各国は自国の憲法を、条約改正のたびにEU・EC条約に合わせて改正する必要に迫られている。
1986年の単一欧州議定書の成立の際に、アイルランドが、CFSP協力の進展によって自国が脅かされることを危惧したのを皮切りに、マーストリヒト条約、ニース条約、欧州憲法条約、リスボン条約といった設立条約の改定の度に、加盟国内での国民投票による否決や違憲訴訟が相次いで提起された。教授によれば、これらは単に国民の無知・無理解に止まらないものであった。このような異議申し立ての背景には、EUは一体どこまで権利・権限を拡充するのか、市民の権利は保障されるのか、またEUは市民にとって遠い存在であり、一部の官僚と利益団体が結びつき、自身の利益のみを図っているのではないかという懸念が存在している。
このように、EUにおいては、民主的正統性が大きな問題となっており、それへの対処には限界も存在している。それでもEUにおいては、EUと加盟国の法秩序の融合、「複合政体化」という極めて重要な現象が見て取れると指摘した。教授は、EU・EC法―加盟各国の国内法という一元的な法秩序を排し、前者の後者に対する「優越」ではなく、両者の並立、相互の調整、ケースバイケースでの「優先性」に基づく多元的な法秩序としてEUを捉えられると論じた。ここにおいては、加盟国法がEU・EC法に優越することもありうるといった。
民主的正統性だけが正統性ではないことも強調された。教授は、1950年代のECSC、EEC、CoEの設立条約の前文に言及し、国家を越えた共通の遺産であり、法の一般原則「法の支配」に基づく越境・複合政体としてEUを構想することは可能ではないかと、仮説・構想を提起された。最後に教授は、イギリスの法学者フィリップ・アロットの言葉(2002)を引用されて、可能性としての、構成国の集合体以上のヨーロッパという視点を提示し講演を締めくった。
続いて、15分ほどの質疑応答の時間に移った。フロアからECJの裁判官(判事)は、1) どのような人たちなのか(出自ならびにバックグラウンド)、2) ECJによる裁判はどのようにして行われているのか、3) 法の支配といった原則とEUの拡大には関係があるのか、あるとすればどのようなものかという質問がなされた。
一点目に関しては、ECJの判事の出自が、50~60年代の、国際法に精通し、非常に権威のある判事たちからなる「学者法廷」の時代から、1973年の英・アイルランド・デンマークの加盟により、原加盟の大陸法系の諸国に加えてコモン・ロー諸国が加盟したこと、加えて加盟国の憲法裁判所や行政裁判所の判事がECJの裁判官に任命されるようになり、出自・バックグラウンドは多様化していることが指摘された。
二点目に関しては、ECJに直接訴えがなされる場合と先決裁定手続きが存在すること、三点目に関しては、拡大の文脈で法の支配を含む法原則が重視されてきたこと、また、トルコの加盟に対しては、EUは非常に実利的かつプラグマティックなアプローチを取っていることが指摘された。
質疑応答の後に、本日の講演を受けての総括として、福田教授から、中村教授への御礼と、本日の講演は、エビデンスに基づき充実した、また格調高いものであったことが述べられた。また、本日の講義の内容、ならびに、EC・EU法を学んでいくことは「混合政体」としての欧州ガバナンスを理解する上で極めて有益であり、不可欠であると締めくくられた。
文責:早稲田大学大学院
政治学研究科
斎藤亜紀人




